最終更新:2002/2/5

hagiken-report 2002
京都精華大学アセンブリーアワー
萩尾望都先生「チープな素材のディープな内実」講義/拝聴レポート

■2002年1月10日(木)14:40〜16:10/京都精華大学 黎明館L-101
下記は当サイトの小西と城野が講義を聴講し、まとめたものです。
内容・掲載に関しては京都精華大学の了承をいただいています。

part2:質疑応答―双子と親子関係、そして『残酷な神が支配する』のラスト

小西●では次に、会場からの質問に萩尾先生がお答えくださった30分をご紹介です。全部で13のQ&Aがあったわけですが・・・いやあ、萩尾先生って全ての質問に、すごく考えて誠実に答えてくださるので、そのやりとりを聞いてるだけのこちらも恐縮してしまいました(笑)

城野▲質問する方々の話に、一生懸命耳を傾けて答えを模索している先生には頭が下がりました。質問を要領よく投げるというのは、とても難しいと思いましたね。記者やインタビュアーって凄いお仕事だね〜。

小西●それはねえ・・・ファンが直接質問できる場を与えられるとなると、自分の今までの思いもありったけこめて全部先生に伝えたいと思っちゃうので、なかなか簡潔にはまとめられないんですよ(笑) 特に萩尾ファンって・・自分を顧みても、そう思います。しかし、ここまで熱心で質問の挙手が多いとはねえ。

城野▲最初の質問は双子の方からでしたね?

小西●萩尾先生が双子の物語をよく描かれることにからめて双子はテレパシーを感じるとよく言われるけれど自分たちはそういうことはない。先生はそれについてどう思われるかと。それを受けた萩尾先生は「実は双子の方がもうひとりこちらに」と、前列の先生に近いところで聴講されていた鳥図明児(ととあける*1)先生をご紹介になってお話を振られてねえ。

城野▲
びっくりでしたねぇ〜わたしなんか名前聞いても解らなくて・・・というのも、音読みでの鳥図先生のお名前、把握してなかった(字面で覚えていたのよゥ)から、後日気がついて悔しかったです。

小西●
鳥図先生はこのことについては、それは「共通の環境」が作用する「後天的」なものではないかとおっしゃってましたね。萩尾先生はそれを聞いて、双子の人が実際はそのように否定するものを、私は勝手に物語にしてしまっています、と笑っておられた。双子は 「自分の鏡、もう一人の自分を見ているような感じで扱いやすい素材」とも。

城野▲
恒例のように双子親子関係に対する質問はあがりますね。

小西●
そうですね。今回はふたつともありましたね。

城野▲
親子関係について語られる先生っていうのを今回も拝見して、先生にとって親は未だトラウマのひとつなんだろうなァという感じがしたのね。納得しているけど割り切れていない。 親に対して、もう少しこうあってくれればなぁっていう感じが・・・(無責任な憶測で物言ってます。ご容赦ください)。

小西●
萩尾先生はご両親の“世代”というものも関係しているかもしれないとも言われていましたが、「作品で親子関係を描くと、やっぱり親に厳しくなってしまう」とも。

城野▲
でも、問題に対して正面から取り組む方だなぁという印象が強くなりました。好きだー萩尾センセー!(どさくさ)

小西●
去年終わった『残酷な神が支配する』にからめながらの質問も目立ちましたね。でも漫画関係以外の思想や専門に寄っているものもあったりして、萩尾先生は即答できないことも多かったようなのですが、全ての質問に、とても真剣に考えを巡らせておられる感じで。

城野▲
答えるのが難しそうな、聞いているこっちがハラハラしちゃうようなものもありましたねぇ・・。最近多発している凶悪事件における被害者と加害者についてというような重い質問でも、先生は真摯に考えて回答されていました。被害者の救済も加害者の救済も本当にはっきりする答えは見つからない問題なだけに・・・・う〜〜ん。

小西●
『残酷な神が支配する』の作者にこそお聞きしたい、という質問者のお気持ちをとても感じました。関西も近年本当に酷い事件が多いしね・・。

城野▲
『残酷な神が支配する』については、どうしてラストの場面はあのようにされたのか?という、かなり具体的な質問もありましたね?

小西●
それにはすぐに「どうしてなんでしょうねえ?」とつぶやくように言われて、そのなんとなく心細げな感じに場内から思わず笑いがこぼれましたが・・
サンドラが現れてお墓の中からキスするシーンについては、「サンドラを殺した後に、ジェルミが彼女に何も言っていない」ことをあげられて、彼は何か言わなければならないのだと。そしてそれに対して、彼のイメージや意識の中ではサンドラから何か回答がなければいけないと考えて、こういうシーンになったということでした。

城野▲
この質問には、サンドラのシーンを即答されたでしょう?・・・・あの場面は本当に困ったんだろうなぁ〜ああ、先生も手探りでやっているんだなぁ〜って、なんだかホッとしました。

小西●
実のところ、これしか浮かばないけれどこれでいいのかと、このシーンを描きながらずいぶんと悩まれたとおっしゃっていましたねえ。でも「考えて考えて浮かばなかったら、それを描くしかない」というのが、ご自身の漫画家生活で学ばれたこととも。このあたり、萩尾作品・創作の秘密といった感じでしたね〜。

城野▲
あのシーンっていろんな解釈ができるシーンだから、ワタシとしても先生にこういう解釈です!って言って欲しくなかった(笑)。このお答えを聞いたとき、やっぱ一生ついていこうって思ったもん。


 


part2-2:質疑応答―読み手の眼球運動を考えて描け、『メッシュ』 のラスト

小西●それから実際に描かれる学生さんからの質問で、漫画を描くときには、読み手側の眼球運動を考えながら描かないと思うんですが〜という質問があって。この質問は今回、素晴らしかったよね!?(笑)

城野▲そう、これはマンガ描き始めた人間にしか出せない質問。

小西●「いや、それが考えながら描くんや!!」と思わず方言で大きな声で真剣に即答される先生に、場内大爆笑で!(笑)

城野▲
マンガ初心者は心して聞くべきですよ〜漫画家さんはちゃんと考えながら描くのだ!

小西●
さすがに漫画の手法や技術についてのお話は言葉数が多くて、なんとかご自分の方法を若い方たちに伝えよう、伝えよう、というのがあふれていて。ここで「見る側をどう引き回してやるか、演出として考えるのだ」と力強く発言されておられるのが、ホントに萩尾先生ならではだと思いましたねえ。・・・何というか・・・内側からあふれるものを持つ表現者としての立場と、それを俯瞰するディレクターの立場を共存しながら、その両者の努力を微塵も感じさせずに物語を際だたせることが可能というのは・・まさに「なんでこんなことができるんだろう?」だよねえ。

城野▲
やっぱ、マンガ描きにはそういうことを理解できてやっているヒトと、天才肌っていうか意識せずにやっちゃう人がいるんですわ。先生はまさに確信犯。漫画を沢山描いた人にしかわからないことだったりするから、自分で気がつかなければならないことだと思うんですが、それをつかむきっかけを与えられるのと、ないのとでは、ずいぶん違うと思いますよ〜。

小西●
「わからなければ、好きな作品でも何でも、とにかくたくさん何度でも読め」
とおっしゃっていたのも印象的でした。そういった魅力ある作品のリズムを、自分の作品の中に取り込めと。萩尾作品をこそ、そういう風に読んで育った者にとっては、ご本人直々にそう言っていただけて・・・はははは〜そうさせていただいております〜〜と拝んでしまう感じでしたよ〜(笑)。
しかし、自分の特に好きな作品は『トーマの心臓』だが「この作品のここのリズムが売りだ!」というのはいったいどこなのかとさらに聞かれてね? 先生もこれには困っていらして、そのやりとりはすごく楽しかったね(笑)

城野▲
だってねぇ〜当時、どういうふうに考えながら描いていたのか? って聞かれたら、やっぱり先生も笑うしかないでしょう〜(笑)

小西●
リズムが良すぎて導かれる物語の進行に浸かってしまい、画面のリズムだけを抽出することなど読み手は既にできなくなっているということも充分考えられます(笑)
しかし、これについてもそうなんだけど、即答に困ると「来年、いや、もしまた何か機会があったら説明します」とすぐおっしゃってね。このあたり、すごく萩尾先生だったよね。ずっとずっと考えていて、ずいぶん後になってあのときの答えが返ってくるという、伝説の"ハギオの間(ワープともいう)"のこれは予告なのかも? 本当に次の機会をつくってくださいね萩尾先生。
しかしこの最後のやりとりね、じゃあ不肖・小西が「トーマ」におけるヒトの眼球運動について「階段」をピックアップすることであなたに説明しましょう、とか思わず言いたくなっちゃったよ(笑)

城野▲(笑)拝聴したいですねェ是非。
一度講義開くべきですかね? ファンによるファンのためのハギオモト講座〜

小西●
ひとつの作品でもいろんな見方ができますよね。それを紹介することで読み手の発見のきっかけになればいいなというのが、このサイト「図書の家」の目的のひとつだし。その割に研究上がるのが遅いのが難点だけども。申し訳ないです。でも「萩尾作品における眼球運動を促進するリズムを採譜」するなら「みつくにの娘」あたりから既に凄いっすよ?(こんな話を私にさせたら長いわよ(笑))

城野▲
質問は他にも、お家は資料だらけなんですか? 同性愛とか少年愛をとりあげたものが多いのはなぜ? 死というものをどうとらえているか? など、いろいろありましたね。

小西●
質問内容はこうあげてみるとバリエーションに富んでいましたね。
作品がらみのことでは、懐かしい『メッシュ』について。あのラストは彼にとってのスタートラインなのか?という質問のお答えが、私はとても心に沁みましてね〜。萩尾先生曰く、『メッシュ』は、メッシュがミロンさん(彼には「さん」付けなのが味わい深い)という親鳥に保護されて過ごしている時期の物語で、「ちょっとそろそろあんた、一人で考えてみてもいいんじゃないの?という意味で突き放した終わり方をした」と。しかし「安心してください。列車はいつでも出ています」と最後におっしゃってね。・・・作品の画面では説明無しでも、この暖かさが後ろにあるからこそ何度でも読みたくなるラストなのだなと感慨に耽りましたよ。

城野▲あの説明でホッとした方も多数いると思います〜私も改めてホっ。


part2-3:質疑応答― 最近の漫画についてと今後の予定

城野▲他にも紹介したいことはあるのですが、流石にこの辺にしときましょうか〜。

小西●
異様に長くなってしまいますねこれは(笑)
さて今回、城野研究員が心に響いたところを特に上げるとすれば、どのあたりですか?

城野▲萩尾先生は、漫画という文化を本当に愛していらっしゃるんだなァと。特に構成、リズムの掴み方の説明をされているときや、好きな漫画を数え上げているときの熱の入れようが〜まるで女子高生のようでした(笑)

小西●
ホントですね〜。 ラストでもさらに証明してくださいました。
物語というより作者のつぶやきのようなものが増えている気がする最近の漫画について、(物語を重視される萩尾先生は)どう思われているのでしょうか?という質問に、どんなお答えが返ってくるかと耳をすませたら「うーん、最近私が読んではまっているのは実は『ヒカルの碁』なんです(*2)と。これ、どうでした〜? ジョウノさん(笑)

城野▲漫画なら足が上を向いて“どてん”ってひっくり返ってますね。以心伝心かーって(勝手に言っている)

小西●以心伝心(笑)・・会場のどっと湧いた爆笑の渦の中、私は思わず後ろのジョウノさんの手を取りたい衝動に。『ヒカ碁』好きの私たち、心臓はバクバクだわ頭で鐘は鳴るわ(実際に終業チャイムも鳴ってたんですけど)。同じ状態に陥った方も会場には多くおられたのではないでしょうか。しかし、ほんとに萩尾先生って、本当に漫画がお好き。これについては今までも認識はしていたけど、目の当たりにするとやはり感慨が・・(感慨ばかりですが)。 世界に誇れる日本の漫画家の第一人者である萩尾先生が、 まさに現役漫画ファンとしても第一人者であることを証明してくださった一瞬ではありました。

なんというかこんな感じの聴講者二名。

城野▲常に最新の漫画を読んでいるんですよねェ先生ってば〜本当にいろんなジャンルに渡って読んでいる。しかも小説やノンフィクションもお読みになるし、それが自分の好きなものと偶然ダブってたりすると嬉しくなっちゃうんですよねェ。あれだけ読んでたら1個や2個はダブって当たり前なんですけどね。やっぱ嬉しい。

小西●
そうなんですよね〜。最近の漫画についての見解を聞かれて「とにかく漫画が好きで、自分で結構買って読んでいるし、うちにいただくものはくまなく読んでいます」とあえておっしゃるというのは、ホントにお好きでないとできないし、普通は作家としてのお忙しい身で、雑誌やコミックスを“くまなく”読むのはなかなか難しいと思うんだよね・・。ホントすごいよ・・・。

城野▲
まさか先生の1日は36時間くらいあるのではないのだろうか・・・・でも、やっぱり他の漫画家さんの作品を見てその人の状態を推し量ったり、ついつい描き手にやさしい見方をしてしまうっていうのも・・・・漫画描き(しかも商業ベースね)にしかわかんない発言で(笑)面白かったです。

小西●
『ハッピー・マニア』(安野モヨコ)や『舞姫(テレプシコーラ)』(山岸凉子)の名前もあがりましたね。

城野▲
最新の漫画を読むから、それを好きでいられるから、常に新しい漫画を描くことが出来るんでしょうね〜。

小西●そうそう、今後のご予定のことも質問で出たのですが、「今年の6月から仕事に入る予定だが、まだ未定」「まだ人に話す段階ではないけれど、SFとか、観念的なものとかを描いていきたいなと思います」と。まだ半年、お休みがあるんですね・・長いです。

城野▲長いですが、待つ甲斐もありますね。
「ちょっと根が暗いもので(作品を)考え出すとどうしても(物語が?)暗くなってしまう」ともおっしゃってましたけど、先生ってばどんなに暗くても笑いを入れるくせに〜そんなとこが好きなんだー! 次回作も楽しみ。

小西●ということで脱線も多々ありましたが、萩尾先生の講義&質疑応答の1時間半をご紹介致しました。最後になりましたが、こんな貴重な講義を一般に公開してくださった京都精華大学さんに、心から御礼申し上げます。もし可能ならば、萩尾先生の第2回講義をぜひ。更に可能なら、会場で色々取り仕切って(?)おられた山本順也さん(*3)や、最前列におられたマット・ソーンさんなど精華大の先生方との座談会とかもお聞きできたら・・・ぜひご一考をお願いします!・・・と、アンケートに書けばよかった。しまった。

城野▲本当にありがとうございました。もっとコアに漫画家さん同士で制作話とかもワタシはうれしいです。

小西●あ、それもお聴きしたいものだなあ。竹宮惠子先生も京都精華大におられるわけですしねえ。

小西●城野▲萩尾先生、本当にお疲れさまでした。

小西●
また関西にもいらしてください〜〜〜。お待ちしてます!!


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。
また、この素晴らしい講義を企画してくださった京都精華大学、
講師の萩尾望都先生にも深く感謝いたします。

この講義が行われた京都精華大学のホームページはこちらです。

 
illustration by Fusami Jono



注)

1:
鳥図明児先生はトレードマークの白い帽子に白いお洋服。自画像そのままでお元気そうでした。たぶんご一緒だったのは旦那様ではないでしょうか。鳥図先生の双子の妹さんも象田透児(しょうだとおる)の筆名で漫画を発表されていました。
2:
『ヒカルの碁』(原作:ほったゆみ/漫画:小畑健/監修:梅沢由香里四段(日本棋院)/週刊少年ジャンプ連載中)日本中の小中学生を中心に囲碁ブームを巻き起こしている大人気作。2000年第45回小学館漫画賞受賞作品。
3:
山本順也さんは、元・小学館「プチフラワー」編集長。現在、京都精華大学にて教鞭をとられておられます。当日は赤いロングマフラーをさっそうと(まるでミロンさんのように)。


担当研究員:小西優里、城野ふさみ
初回アップ:2002/2/5
part1講義部分はこちら

この記事の文責は全て萩尾望都研究室にあります。
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