最終更新:2002/2/5

hagiken-report 2002
京都精華大学アセンブリーアワー
萩尾望都先生「チープな素材のディープな内実」講義/拝聴レポート

■2002年1月10日(木)14:40〜16:10/京都精華大学 黎明館L-101
下記は当サイトの小西と城野が講義を聴講し、まとめたものです。
内容・掲載に関しては京都精華大学の了承をいただいています。

part1-1 :開場前、廊下に並びその時を待つ

小西●さて、無事に萩尾先生の講演会に行くことができまして、2002年の始めから、萩研としてはなかなか素晴らしいスタートでありましたが。まずは城野研究員、遠くから新幹線でお疲れさまでした〜。

城野▲いえいえ、萩尾先生の講義!しかも漫画学科のある京都精華大学で行われると聞いては、いてもたってもいられませんよ〜暮れからずーっとそわそわしてましたよワタシ〜。

小西●当日の京都は、寒くなくて良かったですねえ。 私は大阪から久しぶりに京都に行ったので、京都の冷えることを考えて、いっぱい着込んでいったんだけど、そうでもなくてね?

城野▲ワタクシも寒さを覚悟で参りました、前日新幹線が大雪の被害で止まったりしてましたし〜
ほんと、ファンの気合を感じるお天気でした。

小西●うんうんほんとに。えー、では本題に入りましょう。今回の会場の京都精華大学・黎明館はコンクリート打ちっ放しの建物。駅から直接行けるようになっていて、迷いようがなくて助かりました。 私たちが大学に着いたときは、開場の1時間前の1時半くらいだったんですが、すでに館内に長蛇の列ができてまして。すごかったねえ。

城野▲綺麗な会場でしたね〜。わたし、あの電車がカルチャーショックでしたけど(笑)路面電車みたいなワンマン電車。聴講生多いだろうなァとは思ってたんですけど、平日の昼間ですよ?
ちょっと油断してたんであせりましたよワタシ、まさか閉めだし食らうのか?とか思って。

小西●建物の中に入ったら列の後尾が既にあってねー。L字型に廊下が曲がっていたので、いったい先がどこまであるのか、思わず確認しに行っちゃったよね(笑)。そしたら、その終点の受付ではコミックスを色々積んで並べておられた。

城野▲上製本とかも搬入してあって、あれって意外と本屋さんではお目にかかれないから買っていらっしゃるお嬢さんも多かったですね。やたらと『A-A'』が目に付いたよワタシ。

小西●お客さんの層としては、学生さん以外ではほとんどが女性で、たまに年配のご婦人や男性もお見えでね。私たちの直ぐ近くにも、お連れの若い女の子たちにかなり熱く萩尾作品で何が好きかを語っておられる方もみえたし。しかし、どんどん人数が増えていくので列の後ろは館から出たと思うのですが、いやはや。

城野▲初対面の萩尾ファン同士が世代を超えて語り合っているのを見たときは、ちょっと "おぉ〜〜っ"ってなりましたね。
かなり外にまで列が続いちゃったんで、2列並びから4列並びに変更して、会場のスタッフさんも大変そうでしたねぇ〜。しかも教室では授業がおこなわれている真っ最中なんだから、申し訳なかったですよ精華の生徒さんたちに・・・

小西●結構普通にお喋りしながら待たせてもらったものねえ。で、待ちに待った開場。入ったときには前列部分は既に満杯。聴講生の多いこと多いこと!! うちのBBSでも行かれた皆さんがおっしゃってたけど、本当に、ホールにあふれんばかりの人人で・・・両脇の立ち見だけでなく、縦に走る通路2本にも、若い学生さんたちが正座でみっしり・・私の近くの人たちは、正座されていたのですよ。すごいすごい。まさに下のカットの通りの密集度だったよね、ジョウノさん(笑)。そうこうしているうちに時間でした!

城野▲気がついたら正面に先生がいらしてて、その時点でワタクシなんて興奮状態ですよ!!それにしても先生って20年前から年取ってないよねェ〜服装も上品にまとめてらして〜笑顔がまた、マッタリといいんですわ〜〜(病気)。

小西●うんうん、いやあ、もう、萩尾先生でいらっしゃいましたねえ(意味不明)。じゃあ、講義内容をかいつまんで紹介ということで。


萩尾先生はブラウンのニットスーツに薄手のベージュのスカーフ。
やや緊張の面もちで、しかしにこやかに講義を始められました。
 
 

↑聴講生がみっしりなところにいる、萩研の二人です。
 


part1-2 :めくるめく講義の時間は60分、長いようで短くもあり

小西●今回のタイトルは「チープな素材のディープな内実」ということだったのですが、萩尾先生の話のポイントを私たちなりに要約してみることに・・。萩尾先生は「今、右脳に凝っている」とのことで、右脳話を盛り込みながら話を進められたんですが、城野研究員、漫画の描き手側から聴いてみて、どうでしたか〜?

城野▲ワタシはマンガ描きと言える立場にはないんですけど・・・(趣味の絵描きなので〜)漫画を描く人間にとっては重要なことを講義してくださいましたので、非常に勉強になりました。
私なりにまとめてみると「漫画を読むということで、眼球運動による右脳への刺激がおこり、濃厚な追体験ができ、感動が生まれる。ということを踏まえて漫画を描きなさい」ということでしょうか〜?
後半は「存在理由とストーリー作成の結びつきについて」かな?

小西●なるほどなるほど! 右脳の話は、『脳の中の幽霊』という本を引用されてお話しになっていたんだけど、帰ってから調べたところによれば、たぶんこれ→(V.S. ラマチャンドラン  Ramachandran, V.S. 著/角川書店/1999)ですね。出版当時、かなり話題になりましたよね? この右脳と左脳の話。

城野▲わたくし、NHK?の番組かなにかで同様の番組見たことあります〜。でも、何かをやりながら見たので遠い記憶だったのですけど、先生のお話が丁寧で理解できました〜。

小西●先生の説明によると、右脳は絵、抽象思考、数学、音楽などを司り、漫画の画面もたぶん右脳で見る。画面全体に目線を引き回していくようなリズムを漫画に取り入れて、表現に高めたのは手塚治虫であるが、漫画というものには、右脳を活性化させ、より深く感性の中にひっぱっていく特質があるんじゃないか、と。そしてその「目線を引き回すリズム」の参考例をいくつかスライドでお見せになりましたね。いやあ、さすがに、資料いっぱいお持ちでした。"付箋の萩尾先生"の面目躍如でしたね〜(笑)

城野▲萩尾先生もしかして日ごろから付箋を貼って生活しているんじゃないでしょうか・・・・(笑)
でも個人的に萩尾先生のマンガの好みが解かって嬉しい。

小西●萩尾作品『砂漠の幻影』(*1)でまず説明され、『天使な小生意気』『モンキーターン』『ホイッスル!』といった少年ものと、少女もので2作の画面を紹介(*2)。

城野▲少女マンガでは羅川真里茂先生のテニスものがありましたね、『しゃにむにGO』だっけ?。あと1作はわからなかった〜、掲載誌が"りぼん"系の絵柄に見えましたが・・・遠くて細い線の作品は見えづらかったんですよ〜。ご紹介された作品は気に入っておられるんだろうな、早速読まないと。

小西●それぞれの画面を写しながら、目線がこんなにぐるぐる廻るんだと解説されましたね(笑)
その次に「漫画は絵だけでなく物語も作用する」ということをあげられ、例として『神殿の少女』(*3)をお見せになって。眼球運動を利用した例として、老人が一瞬のうちに若返っていくコマを説明。ここでは目線を急に動かすことでいきなり右脳を刺激するので、物語は体感として非常に感じやすいものになるとのだと。いきなり落涙させられる理由がこれだったとは、全く恐れ入りました。
また、世の中で起こる様々な事件のことにふれて「物語はその事件というものに意味を与えてくれる」とも。「その物語の完成度が高ければ、読者はひとつの追体験をしたことになり、それによって世界とのかかわりを取り戻すことができる」その例として、4Pのカラー作品『彼』(*4)を掲げて説明されましたね。

城野▲『彼』『お葬式』(*5)は原画をお持ちでしたね〜直接拝見したかった(無理だって)。

小西●しかし、今回一番長く、とうとうと説明してくださったのは手塚治虫先生の『新撰組』

城野▲漫画の中で映画のような画面を使用するという手法を完成させた手塚先生ということで。
『新撰組』を今回の講義の資料として上げられた理由を、最初は軽く「(こちらが)京都ですし(笑)」と言ってらしたんですが。

小西●話が始まると、軽くどころかとても熱が入っておられたよね。さすがに萩尾先生のルーツ作品(*6)。 物語のポイントを順にページを追って紹介し、かなり細かいコマ、描写まで説明くださって。

城野▲これを含めて手塚作品関連のお話では、凄く聞きたかった言葉がいっぱい聞けましたね〜。時代の動くときには2つの価値観がぶつかり合う。歴史や時間の狭間で迷う登場人物。自分の世界が崩壊することによっておこる、自己(キャラクター)の葛藤。悩みの真っ只中に主人公を放り込むことで、自分がなんにこだわり、なんのために生きていくのか? と考え、キャラクターは自分を知ることができる、などなど。ランダムにあげましたが、これってハギオマンガの主軸じゃない? 個人的には去年から城野は幕末、維新がマイブームなので、この辺で「そうなのよ!ウヲーッ」て興奮してましたケド(笑)

小西●私、会場に着くまでの道中に、ジョウノさんから坂本竜馬話を聞いていたから『新撰組』が講義に登場したときすごく受けちゃいましたよ。よかったですね〜!

城野▲へへへ〜(気分は維新志士です)
萩尾先生のストーリー説明におけるキャラクター紹介がイかしててねぇ、え? 新撰組ってこんなに面白かったっけ?と失礼なことを言ってしまいました。土方さんが出てくると嬉しそうに「男前なのにサドなんです」的発言をされたり、脇キャラに至るまで、何かにつけて萩尾先生の主観が入った人物説明や感想付き(笑)

小西●手塚作品では他に『陽だまりの樹』『グリンゴ』『シュマリ』などをあげておられました。作品内容にふれながら、このような深い物語を読むことによって読者が得ることができるものについて語られましたね。
読者はキャラクターの葛藤を通して、自分自身のことについても考えていくことができる。この部分にかなりの時間をかけてじっくり話されました。
最後に『お葬式』 を「内実のないひとが変化をする」ということを描いたものとして紹介。

城野▲私個人の感想ですが、今回は萩尾先生、客層を見て講義の内容を少し変えられたのでは?
最初は画面構成の効果を説明することから始まり、ストーリー作成のところでは、そんな風に人間の生き方考え方を説明する・・・みたいになっていました。ここは凄く大切な部分だったけど・・・私たちの言葉でその概要はお伝えできたでしょうか〜。

小西●確かに、漫画を描くひとに向けての専門的な講義から始まり、後半は萩尾先生の人間に対する思いまでも伺うことができましたね。若い方に向けて「自分自身を柔軟に変化させるスキルを身につけていってほしい」というメッセージもありましたし。しかし、講義は1時間あったのですが、もう終わりなの?って思うくらいに短かったですよね〜。ラストは皆さんの拍手もとまどったりしてね。

城野▲でもこの講義、終わってみると、 画面の与える右脳への効果を踏まえた画面構成方法、人を引きつけるストーリーの作り方…と、萩尾先生の漫画の作成方法をすべて(?)お話ししてくださったわけです。
しかも、参考資料として原画のコマを指し示しながら、どういった効果をねらった画面か、説明付きで!!! あぁ〜〜なんだか見て聞いていた当日より、思い返す今の方が興奮してたりします。
今更だけど、すごい人だよ萩尾望都って!!! 伝えたいよーこの感動!!!!

小西●(笑)本当に本当に。 しかし、自分の中で心が動く、感動するということを「まるで自分の身体を鐘として鳴り響かせるようにして共鳴させる」こんなふうにおっしゃるのがまさに萩尾先生ならではだよねえ。なんだか絵が浮かびますよね。しかし、この講義内容はぜひ何かに採録されるか、ご自身でまとめられる機会があるといいですね〜。



 ひきつづきpart2質疑応答部分に続きます。

 
illustration by Fusami Jono



注)萩尾先生が資料として使われた主な作品(図書の家調べ)
1:
『砂漠の幻影』/新書館/『グレープフルーツ』19号('84/12/25)掲載。
53-56P「ムーブメント1.砂漠の幻影」
4ページ作品をスライドで順に見せて、画面のコマの視点、目線の動きを紹介。
2:
『天使な小生意気』(西森博之/週刊少年サンデー/萩尾先生が審査委員を務める2001年第46回小学館漫画賞受賞作)
『モンキーターン』(河合克敏/週刊少年サンデー/2000年第45回小学館漫画賞受賞作) 
『ホイッスル!』(樋口大輔/週刊少年ジャンプ)
『しゃにむにGO』(羅川真里茂/花とゆめ)
3:
『神殿の少女』/新書館『グレープフルーツ』20号掲載。
57-60P「ムーブメント2.神殿の少女」
物語を紹介。おじいさんがいて、少女がいて、一瞬にして少年に戻る。それをどのように作画技術で表すか。
4:
『彼』/バンダイビジュアル/CD-ROM作品集『サンクトゥス』('98)の初回限定版特典・カラー複製原画4ページ作品。
5:
『お葬式』/バンダイビジュアル/CD-ROM作品集『サンクトゥス』('98)の初回限定版特典・カラー複製原画4ページ作品。
6:
『新撰組』(手塚治虫/少年ブック('63)/萩尾先生をして漫画家になろうと決意させた手塚作品)



担当研究員:小西優里、城野ふさみ
初回アップ:2002/1/28 最終更新:2/5
(一部原稿を補足・改稿しました)
part2質疑応答はこちら

この記事の文責は全て萩尾望都研究室にあります。
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